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伊藤 一 の デジタルGALLERY

村井 徹

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 言い訳的説明


 4〜5年前、パソコンを使い初めてしばらくして、パソコンに、作画ソフト(=「ペイントブラシ」(?))が入っていることに気付いたのです。これは面白いと、曲線や塗りつぶし、色の転換・合成などで遊び始めたのですが、そのうち、何かを描いてみたくなり、最初に、愛しのペット、ピラニアを画題に取り組みました(ピラニアは先年、永眠)。しかし、取り組んでみると、ドットの大きさの制約もあり、なかなか難しく、ピラニアの獰猛な顎の感じ出せずに、かわいらしくなってしまうのに困り、苦労しました(おかげで練習にはなりました)。なんとか仕上げたのが、私のパソコン画第一号であるこの「1、ピラニア」です(未だ獰猛さ不足です)。
 ただ、これは壁紙に使うには物足りなく、お蔵入りにしたままでした。今回初公開です。
 (「ペイントブラシ」は、たしか、16色くらいしか使えない原始的ソフトで、赤・青・緑の度合いを指定してそれ以外の色も作れることになっているのですが、つくってみると、指定の色というよりは、混ぜ合わせる色の編み目模様が出てきます。しかし、これは、かえって面白い効果に使えたのです。その他も、使用出来る色が少ないことをカバーする幾つかの面白い機能があったのですが、「ペイントブラシ」が入っていたパソコンが壊れてしまい、部品用に人にあげてしまったので、「ペイントブラシ」は今はありません)。

 「2、遊泳」は、前作を越えて壁紙に使えるようなものを目指したもので、相当試行をくり返してできたキャラクターの形にも一応満足しました。しかし、このキャラクターは、これで完結してしまい、これ以外に使いようがないという感じが残ったのです。
 なお、これを事務所の使用パソコンの壁紙に使用したところ、不思議なことに、のぞいた一部の者から誹謗が起こり始めました。
 (この頃から、windowsに入っていたおまけソフト「MSペイント」または「ペイント」《両者は同じ?》を使用。しかし、少ない色の設定で使っていたようです。このソフトは、「特徴がない」という感じです)

 「3,湖底」は、「2」の限界克服を目指したもので、これも、形が決まるまで更に苦労して変更に変更を重ねて出来たものです。このキャラクターの形が決まったときは相当の満足感がありました。
 しかしなぜか、ますます非難の声も。

 「3」のキャラクターは、狙い通り、他の構図などにも使えそうなものになったと一応満足し、いろいろバリエーションをつくりました。その二つが「4,群遊」と「5,飛来」です。「5」は、傾きや足と肢(?)との位置や大きさなどのバランス、肢のそれぞれの角度など、なかなか満足がいかず、最も苦労した作品です。

 こうして、一応、壁紙として交替に使っていまいたが、あいかわらず非難の声が続いているようで、この手のは大体口頭ですが、メールで言ってきたものが一つあるので無断転送(というほどのものではありませんが)します。仲間内のYさん(女性、10ほど下の世代)のもので、メールやりとりからの抜粋のため、途中つながっていないところがあります(わけのわからん言葉遣いは無視してください。奇妙なのが周囲には多いのです)。

 「拝見いたした。
 申し上げにくいのでござるが、拙者にはどの絵も、そなたの精神の病が現れているように思えてなりませぬ。なんぞ、心労でも抱えておられるのであろうか?
 次に、一点、伺ってよろしいか?
 一体、あのような絵に、どれほどの時間をかけておられるのか?
 なにとぞ、ゆっくりと静養なされることをおすすめしますぞ。」
 「猫の絵は、確かに愛らしい。それは認めよう。
 しかし、その他の絵は、腹立たしい!なんで、手と足を描くんじゃ!
 カラーは、割といいんじゃない。不思議な感じ。
 ・・・・・・・・・
 受難者を気取っても駄目!手と足を何とかしなさい。」

 なぜか、こんな迫害を受けておるのです。

 しかし、救う神もあるものです。他グループ(友好グループの「ワーカーズ・ネットワーク」)のAさん(同世代)は、絵が好きで画に進みたいと思ったこともあるといっている人ですが、彼がこれを見て評価し、「これを使えばもっと良く描ける」と「デジパレ」というソフトをもってきて入れてくれたのです(だいたいが、こうしたことは仲間内の方が冷たいのです)。これまで点描に近い形で苦労してつくっていた色彩の変化などが、「ぼかし」「にじみ」などとして簡単に出来ることや拡大・縮小・変形の容易さなどには驚嘆しました。こうして描いたのが「6,花畑」と「7,草原」で、彼は多色を好むほうだといって「6」を気に入ってくれました(私の好みはやや反対で、どちらかというと同色系の絵が好きなのですが、中学の絵の教師に「同色系の絵は好き嫌いが大きい」といわれたことを何故か覚えています)。
 ただ、「6」「7」は、「4」の背景を変形させただけで、創造力枯渇がちらついてもいます。

 こうして一時熱中したものの、前にも書いたように、パソコン作業の気分転換をパソコンで行うことになって、目の疲れがかなり大きくなってきたため、この辺で中断してしまいました。
 もっとも、もう一つ、折角入れて貰った「デジパレ」も若干の中断要因になったような気がしないでもありません。というのは、色の数や操作が限られているペイントブラシやMSペイントでの作業は、その困難を打開する作業(点描的な色あわせなど)自体が手工業的な面白さもあるのですが、ソフトが万能になって簡単に描けるようになってくると、直接、絵の力量そのものが求められるので、作業が「重く」なってしまい、ワンクッションなしに画力の限界を自覚させられてしまう傾向があるからです。
 かといって、「デジパレ」で簡単に色づくりなど出来るということになると、今更、古い前のソフト(=「ペイント」)での苦労作業に熱中する気にもなりにくい、というところに入りこんだような感じもありました。
 これは、人にとって、「便利さ」に向かう意味、「苦労」「不便さ」が意味あるのかどうか(たとえば「艱難汝を玉にする」という思想の如何)という解きにくい問題とかかわっているようだ、などとも少し思ったのですが(といっても、やはり、根本は力量限界の問題です))。

 なお、これは99年から00年頃のことですが、最近貰ったパソコンにデジパレが入っていたので、おそらく、今では普通のおまけソフトとして入っているのではないか、と思います。
 ところで、私の周辺は、パソコン凝り性がかなりいて、windows95以前から、なにやら不明な「パソコン原語」なるものと頭を抱えながら取り組んでいたのも幾人かいたほどです。それに反して、私は(ワープロは必要上使っていましたが)パソコンは面倒で全然手をださなかったのです。そのため、周りの連中が、引き入れようと、中古パソコンをくれては手ほどきしてくれたために、まともにパソコンを買わず、マニュアルも読んだことなしに、他人に依存してきたという怠惰を極めた状態です。その後、当座の必要からジャンクに近い中古を買ったこともありますが。ありがたくも、凝り性連中は、買い換えを結構するので、お古が何台も流れてきたのです。ただ、こうした出発なので、パソコンはまともに買うものではないという習慣が染みついてしまいました。仲間内のグループメールに入ったのも一番最後で、さんざんせっつかれた後で、設定から何から他人任せというひどさでした。これは、メールから外れていれば論議への対応など作業が減るという不埒な考えが加わってはいたのですが。周りに依存できるので、自分で覚えようという気が起きず、未だに、パソコンの性能のさまざまな数値基準など聞いても直ぐに忘れるような状態です。
 ただ、私のような楽するためにメールグループ入りをさぼる存在は例外として、近隣の組織で、上の世代の幹部などがメールグループに入っていない(技術的に抵抗があって入れない?)ために、メール討議に猜疑心をもつなどから起こった「情報格差」絡みのゴタゴタも結構でています。

 閑話休題
 こんな訳で、今は中断していますが、作画自体は楽しいことなので、いずれまた、無理しない程度にやってみようなどとは思っています。

 ・・・等々と、顰蹙拡大に怯えて無意味な言い訳を書き連ねてしまいました。

 すでにやっている人もいると思いますが、いざとなれば本格指導者もいることだし、みなさんも、ときにやってみて、壁紙の変化を楽しんでみては。


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