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鈴木千春さんの職場は戸田競艇場。正確にはTODA CLUB事務局の仕事をする株式会社ケイ・テイ・シーの社員。4階のインフォメーション・カウンターでの接客が主な仕事になる。その他、デスク・ワークとしてTODA CLUB会員のデータ管理や6階にある会員専用席を含むいろいろなサービスの提供も受け持ち範囲ということになる。
千春さんにとって競艇場はちっちゃな頃から馴染みの場所。実は千春さんのお父さんは競艇場内のレストランを経営している。8年前に競艇場の施設が建て替えられ、その中に入った店もきれいになったが、昔はもっと「食堂」らしかった。幼稚園に入る前は、両親の「出勤」に合わせて朝から競艇場に来て一日を過ごす。小学校に入ってからも夏休みとかになると、ほぼ毎日通った。競艇場で産湯を使い・・の世界かな。昔の建物は屋上に子ども用の遊具があり、姉や二人の弟たちと遊び回った。お腹が空くとお父さんの食堂に行きラーメンを食べさせてもらう。ゴールデン・ウィークともなると、エアードームとか特別の遊具も設置され、屋台も出たりでカーニバル状態。天国だった。新しい建物にも子供向けの遊戯室は用意されているが、テレビゲームの設置された冷暖房完備の室内遊戯室はちょっと違うかな、の思いもする。お父さんも昔の競艇場を懐かしむお客さんが多いと言っている。
競艇場も日によっていろいろな顔を持つ。小さい頃経験した、前検日のモーター音は今も強く頭に残っている。開催日のモーター音は当たり前だけど、暗い競艇場に響き渡る轟音はとても怖かった。
インフォメーション・カウンターに坐っているとどんな質問にも答えなくてはならない。審判の判定について食ってかかられたり、モーターのチルト角度(取り付け角度)について質問されたり…。わからない質問を受けるたびに、勉強をし、知識も少しずつ増やしてきた。
仕事はツライ時もある。やはりお金を賭ける場所柄、気持ちが荒れるお客さんもいる。悪態を付かれた上にツバをかけられたり、こづかれたりすることもある。本当はいけないんだけど、つい涙が出てきちゃう。困った時は、四人の仲間で話し合う。仲間と話していると、だんだん気持ちも落ち着いてきて、最後はまぁまぁと、流せるようになる。「こういう場所だからね、しょうがないよ」「それが仕事だね」事務所はTODA CLUBの会員サロンの奥のコンクリートに囲まれた狭いスペースだけれど、それなりに四人のチームメイトの悲喜こもごもと「めげないぞ!」という、ちょっとした情熱が詰まっている。
競艇場の近辺では菖蒲川沿い新曽(にいぞ)南の桜が絶対のお薦め。お花見時期はいつもの出勤のコースを変えて、川沿いの道を通るようにする。競艇場の周囲も昔から花壇が多く、明るい雰囲気は自慢できる。そんな土地柄を映すのかな、他の競艇場に比べると戸田のお客さんは比較的おとなしい。
前検日は出勤するが、カウンターでの接客はないので、会員のデータ整理とかデスクワークが多い。パソコンに向かっているとモーター音が聞こえた。怖がった小さい頃を懐かしく想い出した。仕事が楽しくなりつつある今の自分が、少し大人に感じられた。
明日からは、また新しい「節」が始まる。
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