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京浜東北線沿い、昨年9月に閉鎖されたサッポロビール埼玉工場跡地の再開発は着々と進んでいる。11万8千平方メートルという広大な敷地が、分譲住宅や大規模商業施設、アートギャラリーを含む公園などに生まれ変わろうとしている。
M.Oさんは、そのマンション「リボンシティ レジデンス」の販売を手掛ける株式会社リクルートコスモスの社員。総戸数868戸の販売活動はすでに始まっている。生まれも住まいも「川口」のM.Oさんは入社一年半。都内のオフィス勤務のつもりだったが、意に反して地元川口のマンション販売が担当となり、現在四物件目。一件目は見習いのようなもの。二件目でちょっと数字を伸ばし、三件目は56戸の小規模マンションだったが、しっかり実績が出た。
モデルルームを訪ねるお客さんは、皆迷っている。環境、間取り、価格…あらゆる基準の中で揺れている。そんな中での営業の仕事は、「決断の後押し」。お客さんの決断の相談相手になれるか。年収を明かしてもらったりもしなければならない。そのためには自分自身のパーソナリティーそのものに信頼を寄せてもらうしかない。M.Oさんは去年の秋、それに気付いた。最初にモデルルームを案内する時の言葉、態度、一挙手一投足、すべてそこから始まる。そして自分の確認と修正をする中で、数字が出始めた。「自分の営業のやり方」に少し確信が生まれつつある。今回の大型プロジェクトはちょっとした試金石かもしれない。
マンションギャラリーは水曜・木曜が休みという変則営業になっている。このどちらかの日には、四ッ谷にある語学学校へ通っている。北京語の個人レッスン。M.Oさんは大学3年の時に7ヶ月ほど台湾へ語学留学した経験がある。その時は言葉もさっぱりでつらい思い出しか残っていないが、その後中国語を自分の武器にしたいと思うようになった。中国語を操って、アジアのどこかの国で自分を試してみたい。M.Oさんの、ぼんやりとした夢。でもホントは絶対そうなりそうな気持ちがしている。「花様年華」。女性が成熟して人生の中で最も魅力が溢れる様…という意味になる。M.Oさんが好きな中国の言葉。
最近、レンタルで借り「キューポラのある街」を見た。営業用には「川口は吉永小百合の「キューポラのある街」で有名な…」のフレーズはよく使ってきたが、実は今まで実際に映画を見たことがなかった。白黒の画面の中で吉永小百合演じるジュンが憧れる高校は自分の母校だった。アレ〜。おまけにラストシーンは今の仕事場のすぐお隣、川口陸橋で撮影されている。40年以上昔の映画がとても身近に感じられた。その後ジュンはどうしたんだろう。川口で頑張り続けたのか、それとも別の世界へ羽ばたいたのか。30歳になるまでには、わたしもちょっと決心しなきゃなんないかな。
デスクトップのお客様に送る資料のチェックを一息ついて、M.Oさんは窓の向こうに目を移した。あまり飾りっけのない陸橋が目に入った。「あそこからかぁ」橋の上に自分を立たせる日のことをそっと想像した。
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