戸田市荒川土手より


 「コンパル」は戸田市笹目にあるコミュニティセンター。平成9年開館だが、まだ十分「真新しい」と形容詞を付けられる。熊木和子さんは、ここで大人の初心者向けピアノサークルを指導している。始めたきっかけは、自宅でのピアノ教室のかたわら、介護老人保健施設「ろうけん」で音楽療法を担当したこと。高齢者の中には音楽に馴染めない人も多い。音楽療法も老人になってからでは遅いのでは、と和子さんは思った。そんな折り、新設「コンパル」から講座の要請があった。今では長女の美奈さんも時々教室を手伝う。
 普通の家庭は赤ちゃんが寝付くと起きないように静かにするけれど、和子さんは美奈さんが寝付くとピアノを弾き始める。そんな家庭だった。だから美奈さんも、なんの違和感もなくお母さんと同じ武蔵野音大に進んだ。在学中には二度ドイツへ留学。大学院に進んでからは全日本クラシック音楽コンサートで最優秀賞を受賞した経歴もある。現在は秋草学園短期大のピアノ講師と西武学園文理小学校の音楽教師として週五日学校に通う。その他に個人レッスンや和子さんの教室の手伝いとかなりタイトなスケジュールになっている。昨年は東京オペラシティの演奏会にも声が掛かるようになった。そんな忙しさを縫って、実はこの春結婚したての「新婚さん」でもあったりする。教師の仕事もあるし、ピアニストとしても頑張りたい。でも、子どもは絶対ほしい。わたしもそうしてもらったし。美奈さんは、そう考えている。
 戸田の自慢は緑が多いこと。特に道満グリーンパークはお薦めのスポット。「コンパル」からも近い。美奈さんも小さい頃はテニスをする両親に連れられて行き、木登りをしたりして遊んだ。今は当時と比較にならないくらい整備され、休日は家族連れで賑わう。昔の戸田は田んぼや畑も多かったが、今はほとんど住宅に変わった。埼京線が開通してからは更に拍車がかかった。
 ピアノサークルの生徒さんも戸田生まれは少ない。女性が多いが、決して裕福な主婦ばかりではない。パートで夜間働く人、年寄りの世話で疲れ切っている人、健康に不安をかかえる人もいる。様々な事情を抱えながら教室に通う。そして音楽と仲間との時間を精一杯楽しみ、またそれぞれの暮らしに戻っていく。自宅の教室の子どもたちにも、悩みがある。友人関係のゴタゴタや失恋・・・。子どもなりに、やはりホッとできる場を求めているようだ。技術を教え込むより、生徒の心を見つめてゆっくり成長を見守るのが本当の情操教育だと和子さんは思っている。そう考えると「町のピアノ教師」も、ちょっと誇らしく感じられる。
 美奈さんの将来については、ピアニストとして演奏に打ち込んでほしいとも思うが、無理に頑張ることもないと思う。人生の流れがあるわけで、その流れの中で本人たちが考えれば良い。ただ、できる範囲の応援は夫と共にしようと思う。その応援はもしかしたら「育児」になっちゃうかも…なんて考えている。もしそういうことになったら、子守唄に弾く曲はこれにしよう。生徒さんたちが集まる前に、和子さんは大好きな「ショパンのノクターン嬰ハ短調・遺作」をちょっとおさらいした。

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